http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-40169009

日本人の労働時間の長さは世界でもトップクラスだ。若者たちの中には、文字通り死ぬまで働く者もいる。そこで政府に対し、対策の強化を求める声が上がっている。

西垣迪世(みちよ)さんは、一人息子の和哉さんが新卒で日本の大手通信企業に就職したことを誇らしく思っていた。

和哉さんはコンピューターが大好きだった。競争の激しい日本の新卒採用市場で、素晴らしい就職先をつかんだように思われた。

だが調子がおかしくなり始めたのは、わずか2年後のことだった。

「息子は私には忙しいと言いながらも、大丈夫だと話していた」と迪世さんは振り返る。「でも私の父の葬儀があって帰省した時、ベッドから出られなくなってしまった。しばらく眠らせてくれ、起きられないんだ、と言うのです。母さんごめん、眠らせて、と」

西垣さんは後になって息子の同僚たちから、和哉さんが当時、昼夜休みなく働いていたことを知らされた。

「いつも終電まで仕事をして、終電を逃すとデスクで眠る。一番ひどい時には徹夜で翌日の夜10時まで、計37時間もぶっ通しで働かされていました」

それからさらに2年後、和哉さんは薬の飲み過ぎで亡くなった。27歳だった。日本で働きすぎによる死を意味する「karoshi」、過労死だと正式に認定された(訳注・英語の原文も「karoshi」と表記)。

日本には長時間労働の文化がある。これは1960年代から言われていたことで、新しい現象ではない。だが近年、人目を引くケースが相次いだことにより、過労死問題は再び注目されるようになった。

ひと月当たりの労働時間

2015年のクリスマス、広告会社の電通に勤めていた高橋まつりさん(当時24)が飛び降り自殺した。
亡くなる前には残業が月100時間を超え、ろくに眠っていなかったことが分かった。

若者から労働問題の電話相談を受け付けている非営利組織(NPO)、「POSSE(ポッセ)」の岩橋誠さんによれば、このような話は特に企業の新入社員にとって、珍しいことではない。POSSEに寄せられる電話の大半は長時間労働の悩みだという。

「やりきれないのは、若者たちがほかに選択肢はないと感じていること」だと、岩瀬さんは指摘する。「そのまま辞めなかったら100時間残業を強いられる。一方で辞めれば生活できなくなってしまう」。

近年は雇用の安定が崩れてきたため、状況は一段と厳しくなっていると岩橋さんは語る。

「過労死は1960年代、70年代にも起きていたが、大きな違いがある。当時は長時間労働を強いられても終身雇用が保証されていたが、今はそういうわけにいかない」
(リンク先に続きあり)

エドウィン・レーン、BBCワールドサービス経済記者
(英語記事 The young Japanese working themselves to death)

2017/06/06

コメント一覧
いつもの日本sage記事
>>1「過労死は1960年代、70年代にも起きていたが、大きな違いがある。当時は長時間労働を強いられても終身雇用が保証されていたが、今はそういうわけにいかない」

死んだら同じ事なんです。
取次の雑誌の仕分けは凄かったな。休日出勤当たり前だし、深夜2時まで残業ってのもあった。
昔、江戸時代の人は
4時間ぐらいしか働かなかったらしい

それでも天災でもない限り生活していけた

おまけに開国したときは
世界経済5位だったという

俺たちは搾取されているんだよ 奴隷労働だろう

それなのにネトウヨは
すぐ「パヨク」とかレッテル張るんだよな
田母神俊雄 Toshio Tamogami.

https://www.facebook.com/tamogami29/posts/575755409187819
ウーマンリブ運動が起きたのは

【ロスチャイルドやロックフェラー】が、

『女性が働くようになれば女性からも税が徴収でき税収増になる、』

『また女性が働けば家庭教育が困難になり公教育に頼る、
そうなれば子供たちの洗脳教育がやり易い』と考えたからです。

その結果が現在の女性の社会進出であり、少子化なのです。
70年代には既に既存の労働組合が役に立たないことは世間でよく知られていた。

80年代まであった新たな労働組合を結成する提案は、自民も社会共産も公明も、
ことごとく潰してきたのだ。財界の偽善者と族議員は私腹を肥やしながら
現在の日本の惨状を作り上げてきた。彼らが諸悪の根源、ガンだった。
死んだら一応終身雇用だったと思うんだけど?
>>5
江戸時代、10畳1kの家賃は今の値段にすると約7千円/月でした。

明治時代は政策の失敗などで二度の経済恐慌があり国民は死屍累々です。

更に言えば現存する旧財閥は日本の貴金属をダンピングよろしくヨーロッパに
売り捌いて大富豪になりました。
株式会社富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ
2012年 - ブラック企業大賞2012において「業界賞」をフォーカスシステムズともに受賞